先日 韓国エステに行った

美顔だが デコルテもマッサージしてくれた
一日中 小まるをだっこしているので パンパンになった首から肩にかけ 力強くマッサージしてくれた
エステティシャンの韓国人のおばさんが
「コドモ チイサイ?? カタ ゴリゴリ

」
今の私の状況を話した
おばさんには 大学生と大学院生の子どもがいるらしい
するとおばさんが
「結婚して 神様が子ども授けてくれるでしょう。
別に子どもなくてもいいのに なんでかなぁと思ってたのよね。
でもねぇ 最近 子ども産む意味が分かってきた様な気がするんだよね。」
子どもを産む意味・・・
非社会的な毎日
今日は 郵便局の窓口で話した以外 人と日本語で話していない(まる語・小まる語会話のみ)
毎日 単調に繰り返される 日々
腹が減ったと泣き
暑いと泣く
アンパンマンのDVDが観たいと言い やっぱりしまじろうにしろと キレる
あと 10年もしたら 無視され うっとおしがられるのだろう
子どもがいなけりゃ 金銭的に優雅な老後が待っているかもしれない
船で世界一周も可能だろう
時間も制約され 自由も奪われ 金銭的負担も大きい
それでも 子どもを産む意味・・・
それでも いとおしく何にも変えがたい存在
別に 子どもに老後の世話をして欲しいとは思わない
ただただ 健康に幸せになってほしい

それだけ
おばさんは 母20年目にして 子を産む意味が分かってきたと言っていた
母2年目の私に分かるはずもいなく…

なんだか 私にない視点で驚いたけど これから子と生きていく私にとって 生涯テーマかな と思った
そして 子育ては 世界共通の根っこがあるのかな
子育て 奥深し